最近のトラックバック

フォト

« 堀池姓 | トップページ | 2013年田植え準備 »

2013年4月18日 (木)

茶臼山

Dsc_00071


Dsc_00101


Img_02592

我が散歩コースに茶臼山公園がある。壬申の乱ゆかりの地。当地の説明板から。
667年天智天皇が新しく大津に都を開いたが、天皇が亡くなった後672年に壬申の乱がおこった。
これは天智天皇の子大友皇子(弘文天皇。大津市役所の山手隣接地に弘文天皇陵がある)と天皇の弟大海人皇子(後の天武天皇)の争いで瀬田川を挟んで大激戦を展開した。
戦いは近江朝廷軍(弘文天皇)の敗北となり、大友皇子は粟津山前(小茶臼山)に逃れ矢傷を負っておられたので7月23日自ら縊れて崩御された。25歳の在位から僅か...8ヶ月であった。最後まで陪従してた、物部連磨、、赤田常世、赤田彦継ぐなど6名が皇子の遺体を大津宮の大茶臼山に葬り自らもその場で自刃した。
現在、葬り塚として大友皇子とその子供、皇子に付き添っていた舎人たちを葬ったという5つの小さな塚(葬り塚)が秋葉神社の奥にある茶臼山古墳の後円部の頂に残されている。中央に位置する一番大きな塚が大友皇子を葬った墓。右手奥の塚が大友皇子の子供と言い伝えられている大友与多王の墓と言われている。
もっと見る

« 堀池姓 | トップページ | 2013年田植え準備 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/192410/57200272

この記事へのトラックバック一覧です: 茶臼山:

« 堀池姓 | トップページ | 2013年田植え準備 »

2016年3月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ